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これは、旅行に関する物語。これは生活品質に関する物語。これは、私たち一人ひとりに関するもの語り。そしてこれは、今まだ進行中の、ちょっとばかみたいな物語。とても台湾らしく、ちょっとおせっかいで、愛に溢れた物語です。

「多扶接送」はMVPも恋人もいる、愛と夢の物語。

2016-12-09

愛と夢、ときどきおせっかいな物語:多扶接送インタビュー

「どんな物語を書こうか」

執筆前、長い時間考えました。

文字による報道は、その一編一編が一つの物語を創り出し、読者を自然にその物語の世界へと導くということです。しかも多くは、読者がこれまで聞いたことも、体感したことのない視野についてです。

これから話す物語を、もし単刀直入に本題から入れば、読者のみなさんはきっと拍子抜けしてしまうでしょう。それはまるで映画でネタバレをされたような、漫画の巻数をとばし読みしたような、さっき買ってまだ新書の香りがする小説の、最後の1ページを直接見るような、そんな感覚。だから、ここでみなさんに予告することにします。これから見る物語を形容するときには、少しばかり心の準備をして下さい。

これは、旅行に関する物語。これは生活品質に関する物語。これは、私たち一人ひとりに関するもの語り。そしてこれは、今まだ進行中の、ちょっとばかみたいな物語。とても台湾らしく、ちょっとおせっかいで、愛に溢れた物語です。

「多扶接送」はMVPも恋人もいる、愛と夢の物語。(注)

おせっかいの由来

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アメコミ風に描かれた年配のおじいさん、おばあさんに、描き加えられた日本漫画風のキラキラな瞳。通るたびに笑そうになる可笑しな扉をくぐり、なんだかすごい様々な補助器具を通り過ぎれば、事務所に到着。俞帆氏と佐夫氏に会ったのは、ここ文山区に位置する「多扶接送」の大本営です。

私が座った場所の傍には、強烈な存在感を放ち、見ずにはいられない気分にさせるような横額があました。そこには毛筆で力強く書かれた2文字が。

「これは大書家・王羲之第74第目の子孫が書いたもので、制作時にはもう90歳を超えていたんですよ!」CEOの許佐夫氏が、自慢げに紹介してくれました。なんと映画『不老騎士』の王おじいさんが、「多扶接送」のために書いた作品だったのです。

「雞婆(おせっかい)」横額に書かれた、この大きな2文字。一体どのような由来によるものなのでしょうか。

「数年前、あるイベントに参加しました。参加者は各業界の会社社長たちで、私は一番小規模な会社でした。1日目が終わると、お互いに親しくなったんですね。何人かの社長さん達が興味を持ってくれたので、私は自分の事業について紹介することにしました。『佐夫、今やってる事業について、3分で説明してくれよ』。で、話し始めてまだ1分も経たないうちに『ちょっと待て。佐夫、30秒で説明できるか?』それからまだいくらも話さないうちに、『佐夫、3言で説明できるか?』この時、さすがに何かおかしいと私も思いました。ああ、どうやら社長さんたちの策に乗ってしまったようだ、と。それから3言が1言になり、5文字になり、最後には『何をしてるのか、2文字で教えてくれ』と。その時浮かんだ2文字が、これ。『雞婆』でした

笑って話す佐夫氏曰く、これは創業者の先輩たちの「電撃」によって思いついたものなのだそう。「雞婆」。佐夫氏は「多扶接送」の核心的な価値を貫徹するに足る文字だと考えています。

「お客様に対するサービスに、多めのおせっかいな質問、多めの関心、多めの注意、多めの準備をプラスする。私たちは面倒を恐れず、なんでもちょっとずつ多くする。それによって、お客様も多めの安心と快適さを得ることができるのです」

「ある人は、これは気配りであって、おせっかいではないと言います。でも私は思うんです。同じように善意と関心による行動なら、おせっかいの方が気配りよりもっと能動的で積極的だと。高齢者や身体障がい者は、常々他人を煩わせたくないという気持ちからくる不満を抱えています。傍にいる人の細かい観察と積極的な問いかけにより、過去になんとか乗り越えてきた障害を取り除くことができ、かわりにもっと多くの楽しさ、安心と自在さを感じることができるんです」宣伝、そして「多扶」のあらゆることに通じた企画主任、陳俞帆氏が補足します。

仏の心ではなく、共感する心

では「多扶」とは一体なんでしょうか。簡単に言えば、「多扶接送」は完全なバリアフリー環境を提供することを目標に、あらゆる行動が不便な方に、自己の行動の需要を掌握し、アレンジしてもらうことです。高齢者、一時的に行動ができなくなった方、あるいは移動補助の需要がある病気のある方などが、「多扶接送」がサービスを提供する対象です。

もともと記録映画の編集と監督をしていた佐夫氏は、どうして全く関係のない領域で創業しようと考えたのでしょうか。原因は、彼のご家族と関係がありました。

「実は、私は『阿婆』とはあまり親しくありませんでした。

客家人は、祖母のことを「阿婆(a-po)と呼びます。CEOの佐夫氏は客家人ではありませんが、客家人の婿となりました。

「まだ妻と結婚する前、毎回彼女のご家族と食事をする時は、たくさんの人がいるじゃないですか、しかも私はよそ者なので、いつも後ろの方に立っていました。当時、阿婆はすでにアルツハイマーを患っていました。でも、毎回私を見るたびに、遠くから私を呼ぶんです。『佐夫、佐夫、こっちに来て座りなさい』って。私を一番遠い場所から捕まえて、彼女の隣に座らせるんです。阿婆は私よりずっと目上で、私たちは親戚でもない。近くには兄弟姉妹もいて、みんな彼女のそばに座りたい。でも、阿婆は私しか隣に座らせませんでした。私もなぜだか分かりません。

「阿婆は93歳の時に転んで、車椅子生活になりました。しかし、彼女は障がい者手帳がなかったので、政府の復康バス(障がい者用バス)に乗ることもできませんでした。当時、私はとても驚きました。阿婆はかつて冗談めかして言ったんです。こんなに長生きして、税金も百年くらい納めて、国民健康保険だってそう何回も使っていないのに、本当に政府の助けが必要な時に政府はサービスが必要だと信じてくれない、証明が必要だという。こういう時、家のことだってままならないのに、余裕なんてある訳ないじゃない、と」

「早くて3、4か月、遅くて半年もかかって、やっと1冊の身体障がい者手帳が手に入る。では、手帳をもらう前のこの半年くらいの期間、誰が私たちのような家庭を助けに来てくれるのでしょう?それが、誰もいないんですよ。過去30数年間、身体障がい者手帳のない家庭はどうすればいいのか、関心を払う人が誰もいなかったのです」

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このようなきっかけで、佐夫氏は自己のキャリアをバリアフリー送迎の領域で発展させることを決めました。「その後、私は変だな、と思ったのです。私は決して聡明な人間ではない。小さい頃からテストで一番をとったこともありません。なのにどうして、私の会社がこの分野で初めての会社となったのでしょう?」台湾初の民間バリアフリー送迎の会社。周りの家族や友人は彼の突拍子のない行動が、どんな障壁に遭うかわからない、と心配しました。実際に、民間自営の「多扶接送」は政府からの補助がなく、価格は自然と高くなります。しかし、佐夫氏は顧客が負担でき、そして会社の赤字も多くならない価格設定をしました。それは、「需要があるなら、サービスは存在すべき」と考えたからです。

「ヘルパーを連れて旅行に行く」

一般の送迎以外にも、佐夫氏にはより多くのアイディアと希望がありました。それが、休暇。「多扶假期」は一種の旅行の形式で、送迎とは全く異なる観点から出発しています。前者は生活に必須のサービスを提供すること、後者は生活の品質を向上させること。

「『多扶假期』というサービスの中では、ビジネスモデルに従おうと真面目に努力しています。なぜなら、健康的なビジネスモデルを採用することが、政府と国家の補助から抜け出し、自立する唯一の道だからです。国家のお金はより切迫したところ、例えば健康保険などに使うべきです」

佐夫氏の厳格で着実な性格が、この時に表れました。大きく爽やかな声の彼には、映画業界の人によく見られるユーモアな気質があります。ただ、会社が提供する多くのサービスについて語る時、彼の真面目さをすぐに見ることができます。

「ビジネスモデルにする以上、顧客と会社は対等です。サービスと価格に納得するか、これだけです。『多扶假期』は良質の旅行商品です。家族旅行、車椅子での旅行、シルバー層の旅行など、用途に合わせた明確なサービス商品なのです。

では、どうして「ヘルパーを連れて旅行に行く」なのですか?

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「週末の旅行は、平日の出勤よりもっと疲れるからですよ!」と佐夫氏はまた爽やかに笑いました。

多くの壮年層あるいは家庭を持つ人たちにとって、休日に子どもから高齢者までの家族を連れて旅行に行くのは心身ともに疲れるものです。計画を立てるだけでなく、ドライバーとして運転し、年長者には特別な配慮をし……しかも、費用面でも決して安いとは言えないのです。しかし、だからと言って家族で出かける機会を諦めるなら、それも本末転倒です。双子の娘をもつ佐夫氏は、専門スタッフが補助する必要性を心から感じていました。そこで再びこの言葉です。「需要があるなら、サービスは存在すべき」ここではそれが「ヘルパー」になるのです。

いわゆるヘルパーは、顧客に合わせてオーダーメイドの旅行計画を立てます。「多扶假期」では、常にヘルパーとドライバーが協力します。事前に下見現地調査をし、レストランやお手洗い、現場のガイド事項なども確認します。最も大切なのは、臨機応変さと経験です。一体どこまで細かく確認するのでしょうか?

「私たちのヘルパーは、車椅子に座って現地調査します」と俞帆氏。その語気はかなり用心深い感じです。(私の脳内には、『beautiful life』の木村拓哉のイケメンな顔が浮かんできました……)

「それから、『多扶假期』は3か月前に、何度も細かい部分を確認し、最新の情報を手に入れます。一部の状況は、現地に行くことでしか確認できません。例えばバリアフリートイレ。通常起こりうる状況としては、電話で聞いた時には相手は大丈夫、問題ない、と言う。実際に行って見てやっと、あれ?ここは車椅子等の補助器具の使用は、決して便利ではないな、と分かるんです」

俞帆氏が細かく説明してくれます。これらすべてが、顧客に大丈夫、準備は万端、安心して休日を楽しめばいいんだ、思っていただくためなのです。

また、一見して分からないような需要も、「多扶假期」では細かく気配りします。例えば行動が不便な方はかならず洋式トイレを使わなければなりませんが、便座の清潔さも気になるところ。そのため、お客さんには適宜、いつ綺麗なお手洗いが使用できるかを伝えます。これによって、我慢せず、思う存分飲んだり食べたりすることができるのです。かつて、お客さんが食べ放題にも関わらずあまり食べず、飲み物も少ししか飲んでいないのを発見したことがあるそうです。そんな時にはヘルパーは能動的に状況を確認し、すぐにお手洗いの状況を把握します。お手洗いの状況が分かった後、顧客はやっと胸のつかえが下り、楽しく飲食することができたのだそう。

高齢者にとって、お手洗いの重要性は非常に高いのです。なぜなら高齢者は身体をコントロールすることが難しく、我慢することができないため。会社は面倒がらず、どうすれば高齢者に安心していただけるかを尋ねる。これも最初に触れた、おせっかいの精神から来るものです。

「かつて、過敏性腸症候群の高齢のお客様が利用されました。その方は、お手洗いに長い時間いる必要がありました。この時、ヘルパーはお客様の尊厳を細やかに気遣い、同伴者に『電話に出ているだけですよ、大丈夫』とお伝えしました。ストレスを抱えず、自尊心を維持すること。それが、お客様が楽しく旅行を終えられるための重要な要素です」体だけでなく、心も同じようにケアする。両者を兼ね備えることは、「多扶假期」の教義と言えます。

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旅行の意義

「旅行が終わってから、変化が生まれることもあるんです」

「時々、お客様から『ここ、もう行ったことあるのに、なんでまた行くの?』と聞かれることがあります。しかし、大切なのはどこに行くかではなく、一緒に行くということなのです。家族が、一緒に。お互いを理解している人同士が、一緒に。」目をきらきらさせて、佐夫氏は言います。

かつて、ある娘さんが車を1日チャーターし、アルツハイマーのご両親をつれて、両親の故郷の実家を探しに行きました。最終的に、手がかりを継ぎ合わせ、幸運にも無事見つけ出すことができたのですが、その時お父上が非常に嬉しそうでした。

かつて、その厳しさから孫に「皇太后」と呼ばれていたおばあさまが、外出先ではまるで菩薩のようで、おしゃべり好きになり、さらに熱心にヘルパーに結婚相手を紹介しようとしていました。

かつて、お客様がついに無理せず車椅子を試してみることにし、それから補助器具の良さを知り始めました。彼女が選んだ車椅子は、その模様とカバンの色がマッチしていました。「私が自分で生けたこの花を、旦那さんに贈るの」帰り道、彼女は「多扶假期」が準備した癒し系園芸イベントの戦利品を持って、少し恥ずかしそうに、でも興奮を隠しきれずに言いました。

かつて、あるお客様は病気をする前、歌仔戲(台湾の伝統戯曲)で花旦の役(活発な青年期或いは中年の女性役)を演じていました。毎回のの集まりでは特別な戯曲を、無数の観客の前で演じました。彼女は人生の幸せな時間を、廟の前で過ごしたのです。病気になってから、「多扶假期」によって、彼女はまた同じ場所を訪れることができたのです。

90数歳の同窓会は、旅行を兼ねた開催でした。アルツハイマーや中風を患っていたり、鼻や胃に管を通したりしている高齢のお客様たちも、遊びに出かけることができます。ここでは、高齢者も高齢者ではなくなり、まるで子どもに帰ったように笑っています。

これらすべての願望の可能性を代わりに考え、あらゆる些細なことも代わりに考慮する。これが、「多扶假期」なのです。

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多扶の未来

大学やその他の学校で専門的に学んだ人だけが、シルバー、身体障がい者関係の領域で働ける訳ではありません。現在の多扶事業チームは、各分野の奇才たちによって構成されています。建築、工業設計、園芸治療師、プロのピエロ、ドラマー。多くの人が、これまで異なる職業を経験してきており、異なる方面の長所と可能性を兼ね備えています。彼らのこうした豊富な略歴が、多扶の事業サービスに多元的な火花を生み出しているのです。事務所の一角には、ジャンベ(アフリカの太鼓)が置かれていました。多くのお客さんが、イベントでこの太鼓を楽しんだそう。……ちょっと羨ましい。

「『小畢的故事』はどの路線で撮ったものなんでしょう」

こんな話題は、ガイドではなく、映画業界にいた人だから話せること。同じように九份に遊びにいっても、ガイドと一緒に行くのと映画業界の人と一緒に行くのでは、大きな差があります。リタイアした介護師、看護師、ベテランの映画スター。彼らは、お互いにより多くの意義を生み出すことができるのです。

同時に「多扶接送」は異なる状況や病状に合わせた標準マニュアルの確立に努力しています。経験値を積み、たとえば筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脊髄小脳変性症などの方々に対するサービス経験を着実に保存しています。

「現在は、個人利用の人が多い状況で、家族での利用はまだ少ないんです。もっと多くの人に理解してもらって、家族三代で一緒に安心して旅行に行ってもらえたら、価値のある経験になると思います。『多扶假期』は家族間の潤滑剤です。参加した後、ご家族の関係がよくなることがほとんどです」俞帆氏はこのように話します。「もちろん、プラスの変化があった後には、また遊びに出かけてほしいですね!(笑)」とも。

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結論

電動車椅子を使ったレース、車椅子で行くポケモンGOの旅、車をチャーターし、家族や友人に見守られながら合歡山で結婚写真を撮ること……。

家族旅行、台湾島内の旅行、あるいは日本人のお客様の台湾の旅など、「多扶假期」はより多くの可能性を生み出しています。行動が不便ということは、より多くの生活の楽しみを享受できないということとイコールではないのです。

身体的な状況がどうであれ、一人一人がMVPです。すべての家族が、その気持ちさえあれば、人情溢れる人となれるのです。

これは、愛と夢の物語。たくさんの人とともに、より多くの掛け替えのない価値へと、出かけて行きます。

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注:愛と夢の物語とは、台湾ドラマ『MVP情人』の有名なスローガン。このドラマの主題歌は、アジアの天王・5566が担当しています。『我難過』は現在でも歌われる神曲で、当時青年期を過ごしていた多くの人たちの共通の思い出となっています。

 


作者:魏佑竹  攝影:美字哥  譯者:島村朋惠